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広島トヨペット社員由来の蔵出し写真 その6 昭和33年の中部日本自動車学校

広島トヨペット福山支店員だった方が昭和32〜34年頃に撮られた写真を掲載しております。
本件写真類の概要や撮影者のご経歴につきましては、前掲 その1 はじめにをご覧ください。

昭和33年8月 中部日本自動車学校 北西側コース脇から南向きの景
昭和33年(1958)8月上旬 愛知県名古屋市昭和区天白町八事富士見丘 中部日本自動車学校
北西側コース脇から南向きの景


昭和33年8月 中部日本自動車学校 本館・教室棟と教習車駐車場
北東側から南西向きに撮られた円形の本館と教室棟[2018年7月まであった1号館]

[部分拡大]昭和33年8月 中部日本自動車学校のボンネットバス
送迎用だったと見られるボンネットバスは、トヨタFY?/富士自動車工業C7型 1952〜54年式
側窓下に校名入り、前面方向幕窓には「八事」と掲出




「全国の自動車学校の模範」「自動車学校の学校」とも称される中部日本自動車学校は、トヨタ自動車販売株式会社が4億2千万円(当時)を投じ、名古屋市昭和区天白町八事富士見丘(現 昭和区八事富士見)の丘陵上51,000平方メートルの敷地に建設。
昭和31年(1956)12月着工、125台が同時に練習できる30,000平方メートルのコース(当初)に夜間練習のための照明設備も設けられ、翌32年5月29日開校。


昭和33年8月 中部日本自動車学校 教室棟屋上から東向きに俯瞰の南東側コース南半部
教室棟の屋上から東向きに俯瞰された南東側コース南半部
“8の字”の三輪トラックは、ドアレス仕様のダイハツSKC7型 1957年式か


昭和33年8月 中部日本自動車学校 照明塔が聳える北西側コース 本館屋上から北向きの景
照明塔が聳える北西側コース 本館屋上から北向きの景
小型四輪教習車のほとんどはトヨペット クラウンRS型
右側S字にクラウン デラックスRSD型、その奥にダットサン セダン113型?
右側奥の4台は、トヨペット マスターRR型 1台とトヨペット スーパーRHK型 3台


同校では、カットモデルや視聴覚設備、運転練習装置など、自動車の構造を学べる各種教材を備えられた展示館、100人あまりが同時に利用できる寄宿舎、食堂も設置。

昭和33年8月 中部日本自動車学校 展示館の北〜西面
北西側コース脇から南東向きに撮られた展示館[現在の3号館]



昭和33年8月 中部日本自動車学校 展示館南側階段に立たれた小林啓一氏
展示館南側階段に立たれた広島トヨペット福山支店部品係長 小林啓一氏

これら中部日本自動車学校の写真は、撮影者が広島トヨペット福山支店部品係長就任1か月後の昭和33年(1958)8月上旬、「トヨタ・セールス・カレッジ 部品販売コース」受講のため同校へ出張されていた際に撮られたもの。
トヨタ・セールス・カレッジは、トヨタ自動車販売株式会社が全国販売店セールスマンの恒常的訓練機関として、中部日本自動車学校内に33年4月7日開設(販売拡張部所管)。
日程1週間の車両販売コース、部品販売コースなどを開講。
36年9月、西春日井郡春日村落合(現 清須市春日下中割)に完成の春日工場内へ移転。

トヨタ・セールス・カレッジ 昭和33年8月9日付け小林啓一氏宛て部品販売コース修了証書

【参考資料】『トヨタ自動車販売株式会社の歩み』1962 p.153-156・189-191
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