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鞆鉄道松永営業所に残されていた一番のお宝!?

11月19日をもって廃止された鞆鉄道松永営業所(松永バスセンター)には、当館が譲り受けたもののほかに、同社で保存されることとなった貴重なものが、旧共同宿舎の1号室(昭和37年建設,2階南端の部屋)に残されていました。

11月19日をもって廃止された鞆鉄道松永営業所の旧共同宿舎2階1号室 (左)入口と(右)同室南列の2段ベッド 11月19日撮影【クリックで大きく表示】

その貴重なものとは…

鞆鉄バスの最盛期・昭和43年の全線時刻表!!

11月19日をもって廃止された鞆鉄道松永営業所の旧共同宿舎2階1号室に残っていた昭和43年7月21日改正 鞆鉄バス時刻表 11月19日撮影【クリックで大きく表示】

この時刻表は、昭和43年(1968)7月21日の全線ダイヤ改正に伴い発行されたもので、旧共同宿舎2階1号室の北列2段ベッド東側下段のクローゼットの扉外面に、四隅押しピン留めで貼られたままの状態で、全体的に焼けてはいるものの破れることなく残されていました。

昭和43年7月21日改正 鞆鉄バス時刻表が残っていた鞆鉄道松永営業所の旧共同宿舎2階1号室の北列2段ベッド東側下段 11月19日撮影【クリックで大きく表示】

同社創立60周年の昭和45年(1970)10月に編集された年表仕立ての社史『60年のあしあと』によれば、44年9月や45年7月にも全線ダイヤ改正が行われており、その時々に発行されたであろう新しい時刻表に貼り替えられることなく、発行後44年間も残されていたことは奇跡に近いと感じられます。
昭和43年7月21日改正 鞆鉄バス時刻表に掲載の路線略図

加藤博和氏の著書『備後地域と中国バス』(1996年発行)179ページに掲載の「乗合バス輸送人員の推移」グラフによれば、鞆鉄道の輸送人員最盛期は昭和44年度までだったと認められ、当時は、現在とは比較にならないほど多くの便数がツーマン(運転手+車掌)で運行されており、同社だけで5・600人がバスの運行に関わられていたと言われています(同社幹部談)。
また、『広島県統計年鑑』(広島県の「広島の統計」ホームページに掲載)によれば、県全体での路線バス輸送人員のピークが、まさにこの昭和43年度で、のべ3億146万9千人の乗車があったと記録されています。
[参考までに…平成22年度は1億218万7千人と昭和43年度の約3分の1]

ここに、この時刻表の接写画像を掲載し同社輸送人員最盛期の全線ダイヤを紹介したいところではありますが、今後、同社において、この時刻表の公開や復刻商品化などされる可能性もありますので、ここでは、接写画像をもとに、当館がExcelでデータ化(復元)した時刻表から、当時も現在も同社の幹線である鞆線と、当時は鞆線並みに便数が多かった尾道線の朝の通勤・通学時間帯の運行時刻を、現行のものと見比べていただける形で紹介いたします。

鞆線の運行時刻
[上側:昭和43年7月21日改正,下側:現行(3月20日改正)]

昭和43年7月21日改正 鞆鉄バス時刻表に記載の鞆線運行時刻(朝の通勤・通学時間帯部分)【クリックで大きく表示】
現行(3月20日改正)の鞆線運行時刻(朝の通勤・通学時間帯部分)【クリックで大きく表示】

尾道線の運行時刻
[上側:昭和43年7月21日改正,下側:現行(8月1日改正)]

昭和43年7月21日改正 鞆鉄バス時刻表に記載の尾道・三原線運行時刻(朝の通勤・通学時間帯部分)【クリックで大きく表示】
現行(8月1日改正)の尾道線運行時刻(全便)【クリックで大きく表示】

鞆線の便数が当時からさほど減っていないのに対し、JR山陽本線と並行する尾道線は著しく減便されている状況をご確認いただけましたでしょうか。

尾道線に朱字で併記の三原線(福山・三原間急行便)は、紆余曲折を経て、昭和26年(1951)3月に同社と尾道・三原両市営の相互乗り入れで始まり、福山・尾道・三原の三都市を結ぶことから“三都連絡バス”と称されました。
『尾道市交通部五十年史』(猪狩政四郎著,1983年・同部発行)の記録によれば、運行開始当初は各事業者3往復、昭和28年(1953)7月から各2往復、37年(1962)5月から鞆鉄道6・両市営各4往復、44年(1969)9月からは各半数の3・2・2往復と、運行開始後も採算をとるべく減便・増便の紆余曲折があったようで、最後は、急激な自家用車の増加(モータリゼーションの到来)による国道2号線慢性渋滞の影響を受けて、“三都連絡バスは目的地にいつ着くのかわからない急行バス”と利用者から見限られ、運行開始から20年目の46年(1971)1月をもって取り止めとなりました。

この時刻表には、“三都連絡バス”の運行便数が最も多かった昭和37年5月から44年9月までの間の運行時刻と各便の運行事業者が記されているとともに、『尾道市交通部五十年史』には記載されていない41年1月増設の急行便停留所が記載されており、貴重な資料と言えます。


【おまけ】
昭和43年7月21日改正 鞆鉄バス時刻表に掲載の福山ダイハツの広告
昭和43年7月21日改正 鞆鉄バス時刻表に福山ダイハツが提供の初代フェローの広告
フェロー(L37S)はダイハツ初の軽四輪乗用車として昭和41年11月に発売。
軽自動車初のスポーティモデル・SS(L37SS)の追加発売(43年6月)が反映された広告。写真はスーパーデラックス(L37SU)か。
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